vol. 3 イギリス ステンドグラス紀行(1)

 イギリス国内のステンドグラスの見所を、独断も交えてご紹介します。前編の今回は、まず定番のご紹介。

※最新の情報は各機関サイトなどでご確認ください。


はじめに:イギリスのステンドグラス事情

 ステンドグラスの技法は中世にフランスから伝えられたと考えられています。ステンドグラスはロマネスク期(10-12世紀ごろ)から作られますが、イギリスには大陸の国々と異なりロマネスク期の建築がほとんど残っていないため、ステンドグラスもロマネスクの次の時代、ゴシック期以降のものになります。
 残念なことに、イギリスのステンドグラスは過去に何度か破壊の危機に晒されました。最初の危機は16世紀の宗教改革で、ローマ教会から分離して英国国教会を誕生させたヘンリー8世が1536年に出した修道院解散令により、多くの修道院や教会が破壊されました。
 次の危機は約100年後、清教徒革命と共にやってきました。クロムウェル率いる軍隊は行く先々で教会の窓や彫刻を破壊しました。彼等はステンドグラスを、偶像崇拝であり野蛮な時代の悪弊とみなしたのです。リンカン大聖堂の窓や彫刻も、高所にあるもの以外はほとんど破壊されてしまいました。
 その後ルネッサンス以降の時代になると、壮大な絵画が教会を彩るようになり、ステンドグラスは時代遅れのものとして次第に顧みられなくなります。中世に教会を彩った鮮やかな色ガラスを作る技術も失われていきました。
 ステンドグラスが再び脚光を浴びるのは19世紀になってからです。この時代にはゴシックリバイバルと呼ばれる流れが起こり、中世の芸術や文化が新たな表現様式として注目されました。色ガラスが再び製造されるようになり、中世風のステンドグラスが流行します。19世紀後半になると、ラファエル前派やアーツ&クラフツ運動の芸術家(バーン=ジョーンズやウィリアム・モリス等)が製作に携わるようになり、さらに発展していきます。この時期のステンドグラスは今でもあちこちで見ることができます。
 二度の世界大戦は、ステンドグラスにとっても受難の時でした。戦火によって破壊されたもの、事前に取り外されたものの紛失したり劣悪な環境下で傷んでしまったもの・・・。しかし戦後には残された作品の修復や新しい作品の制作が進みました。現在では教会や公共施設、パブやホテル、一般の住宅で様々な時代・様式のステンドグラスが鑑賞できます。

1. ヨーク・ミンスターとヨークの教会群 York Minster and the churches of York
 中世の面影と都会の喧騒が交じり合うヨークのシンボルが、大聖堂ヨーク・ミンスターです。現在の建物は12世紀に建築が始まり、15世紀に完成しました。窓を飾るステンドグラスの多くが多難を乗り越えた中世のもので、イギリス最古といわれるものもあります。
 美しい窓はたくさんありますが、ぜひ注目していただきたいのがFive Sisters(五人姉妹)と呼ばれる五つの並んだ窓です。褐色の絵の具の濃淡でクリアなガラスに彩色したグリザイユ技法とよばれる絵ガラスを組み合わせた窓で、世界最大級といわれています。写真ではごちゃごちゃした印象にしか見えないかもしれませんが、実際に見ると部分的に使われている色ガラスと淡いモノトーンの色彩のグリザイユが見事な調和をなしていて、優しい静かな世界が広がっています。ステンドグラスの認識が変わる窓です。
 ヨークには大聖堂以外にも古い教会がたくさんあり、大聖堂に劣らない質のステンドグラスが残っています。しかし残念ながら、イギリスの教会の多くは盗難や破壊防止のためにミサの時以外は施錠されていることが多いので、事前に観光案内所で見学可能な教会を教えてもらったほうがいいでしょう。

アクセス:ロンドンのキングスクロス駅から、ニューカッスル、エジンバラ方面行きの特急で約2時間半。ヨーク駅から徒歩約10分。

2. カンタベリー大聖堂 Canterbury Cathedral
 イギリス国教会の大本山。詳しい歴史等はガイドブックに譲って、ここのステンドグラスについて。
 イギリス国内では、ヨークミンスターと並び中世のステンドグラスが最もよく残っています。またステンドグラス修復の実践・研究においても、カンタベリー大聖堂付属工房はヨークの修復工房と双璧といえ、古い窓がかなりよい保存状態でみられます。ステンドグラスを保護する二重窓の構造は、お手本ともいえるものです。ぜひ建物の外側からも覗いてみてください。
 カンタベリーのいいところは、中世の貴重なステンドグラスが低い位置の窓にも多く残っており、間近からじっくりと見学できることです。他の大聖堂では低い位置のパネルは過去に破壊され、とても高い位置のパネルを双眼鏡で眺めるしかないことが多いので、これは本当に嬉しいことです。
 有名な窓としては、大司教トーマス・ベケットの生涯と暗殺の場面を描いた窓、イエスの先祖を描いた一連の窓などがあります。

アクセス:ロンドンのビクトリア駅からドーバー行きの列車で約1時間半。カンタベリー東駅から徒歩約15分。

3. ヴィクトリア&アルバート博物館 Victoria & Albert Museum
 博物館で宗教芸術を見るのはいささか興をそがれるものでもありますが、ステンドグラスは教会だとなかなか近寄って見られないので、博物館で細部をじっくりと見てみるのもいいものです。ここは何千というコレクションがあるのですが、残念ながらスペースの都合上それほどたくさんは展示していません。それでも各時代、各地域の様々なパネルが一度に見られるのは博物館ならでは。
 私のおすすめはスイスパネルと呼ばれるエナメルで彩色した小さなパネルのコレクションで、これはスイス国内でもなかなかこれほどは集められないというほどだそうです。19世紀イギリスの作品も充実していて、ロセッティデザインの「音楽」など有名なパネルもあります。2002年開館のブリティッシュ・ギャラリーというセクションには、私が修復に携わったものなど、さまざまな時代のイギリスのパネルが展示されています。
 スタッフでも迷子になるという広大な博物館で、私も実習中は覚えたルート以外は通らないようにしていました。一日ではとても全部は見られませんが、90年代に全面改装されたグラス・ギャラリーとジュエリーのセクションも必見。あまりのゴージャスさにため息しかでません。

アクセス:地下鉄サークル線・ディストリクト線・ピカディリー線のサウス・ケンジントン駅下車。地下通路を通って徒歩約3分。

リンカン大聖堂 Lincoln Cathedral
 我が思い出のリンカン大聖堂です。エッフェル塔が建つまではヨーロッパ一高い建造物だったとBBCが言っていました。手前味噌とはわかっていますが、外観の美しさは、名高いヨークに勝ると確信しています。
 残念ながら、ステンドグラスの量・質においてはヨークやカンタベリーにはかないません。ほとんどが19世紀製の比較的新しい窓です。破壊したクロムウェルの軍隊を恨んでも仕方ありません。それでも建物上部の窓には中世のステンドグラスが残っており、有名なグリザイユの窓もあります。
 南袖廊上部のばら窓は「司教の眼」The Dean's Eyeと呼ばれていますが、ここには現在ステンドグラスは嵌っていません。ステンドグラスの修復作業はずいぶん前に完了したのですが、窓の石組みに問題が見つかり元に戻す目途が立っていないのです(注:2002年の修復士からのクリスマスカードによると、ようやく03年からパネルを元に戻す作業が始まるそうです!←と思っていたら、9月に訪問した際にはまだ作業は始まっていませんでした…←2006年春、ようやく作業が完了しました!詳細が大聖堂のHPで見られます)。
 反対の北側にある「主教の目」The Bishop's Eyeは二枚の葉を組み合わせた大変珍しいデザインで、ステンドグラス、特にばら窓について書かれた資料には必ずと言っていいほど紹介されています。こちらにはガラスが嵌っています。司教の眼は町を見下ろし主教の目は聖堂内部を見渡すという意味があるそうです。
 リンカンの町の美しさは、まるでおもちゃか絵本のようです。美しいと評判のあらゆる街に行きましたが、その末に魅了されてしまったほどです。進学先をディモンフォート大学に決めたのも、半分は「この町に住みたい!!」というややミーハーな理由からでした。駅から大聖堂までの道が車両通行止めになっていて、のんびりと町並みを楽しみながら散策できるのも素晴らしいことです。恐ろしく急な坂道(その名もずばりSteep Hill=険しい坂!)を、手すりを頼りに息も絶え絶えに登りながら、の道のりですが…。
 リンカンの魅力についてはいずれ日を改めてお伝えいたします。

アクセス:ロンドンのキングスクロス駅からヨーク・ニューカッスル・エジンバラ方面行きの特急で約1時間15分。ニューウォーク・ノースゲイトNewark North Gate駅下車。ローカル線に乗り換え約30分。リンカン中央Lincoln Central駅下車。徒歩約15分。
※2010年代に入り、一日数本ですがロンドンキングスクロスからの直行便も運航を開始しました。
町もリーマンショック前の好景気の時にすいぶんきれいに、観光客に便利なように整備されました。
本当にきれいな街で、今まで日本のガイドブックで紹介されないのが不思議です。ぜひ行ってみてください!

参考文献:ローレンス・リー他著、黒江光彦訳『ステンドグラス』朝倉書店、1980年
      JTB『街物語 イギリス』JTB、1995年

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